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未来のパラアスリート誕生に向けて  持続可能なシステム形成への手掛かり(北九州市の事例)

今夏、いよいよパリ2024オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されます。トップアスリート達が世界の舞台に立つためには、才能を見出し、引き出し、伸ばしていく仕組みを社会に構築することが必要です。文部科学省の外局であるスポーツ庁では、アスリートの発掘・育成・強化の一体的な推進に取り組んでいます。


アスリートの発掘、その先の課題

スポーツ庁では、アスリートの「発掘」の部分の取り組みとして、「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト(J-STARプロジェクト)」を行っています。

「J-STARプロジェクト」は、優れた身体能力や資質を備え、将来オリンピック・パラリンピックを目指している全国の若者や障害者たちに呼びかけ、各地での測定会やデータ選考を行うことで、それぞれの特性や能力を活かせる競技種目とのマッチング等を通じ、未来のトップアスリートを発掘するプロジェクトです。

パラリンピック競技では、参加者はWebから応募します。条件を満たすと、各地域で行われる基礎測定会に参加することになります。基礎測定会で測定されたデータ等を基に中央競技団体が選手を選考し、検証プログラム期間に競技適性を見極めます。検証プログラムを通して、有望者と判断されたアスリートは、中央競技団体の強化・育成コースへ進めます。2024年度の基礎測定会は、6月下旬から全国9ブロックで開催されます。「J-STARプロジェクト」で発掘されたパラアスリートの中には、パラ水泳の木下あいら選手やボッチャの一戸彩音選手のように、パリパラリンピック競技大会の出場権を獲得した選手もいます。

しかし、パラアスリートの「育成」の部分では未だに様々な課題があり、課題の顕在化すら十分ではない現状もあります。アスリートの育成環境を全国に広げ定着していくために何が必要なのか。そのヒントを、パラ卓球の振興に力を入れる福岡県北九州市と、日本肢体不自由者卓球協会(以下、パラ卓球協会)に伺いました。

パラ卓球協会×自治体 タッグを組んで課題解決

日本卓球協会で平野美宇選手や張本智和選手らの育成に携わってきた羽生さんは、オリンピックとパラリンピックを共に発展させていこうという日本卓球協会の方針のもと、2022年4月から、パラ卓球協会のヘッドコーチを兼任しています。2023年1月、独立行政法人日本スポーツ振興センターの「課題解決型アスリート育成パスウェイ構築支援プログラム委託事業〜地方公共団体と連携した育成環境の整備〜」(※)の公募要項を見た羽生さんたちは「事業の内容がパラ卓球の課題解決とマッチしている」と思いすぐに応募しました。

※各地域の有能なタレントから、中央競技団体の育成プログラムへ繋がる道筋(パスウェイ)の構築を目指して、競技団体と地域タレント発掘事業や地方公共団体および都道府県競技団体が協働し、地域の施設や指導者など育成環境の整備を行う事業。

2023年度から「地方公共団体と連携した育成環境の整備」を受託することになり、パラ卓球の普及・育成拠点として協力してもらえないかと声をかけた地方公共団体の一つが、福岡県北部に位置する北九州市です。北九州市は、バリアフリーの街づくりが進んでいる都市で、市内に多くの卓球クラブがある卓球熱の高い街です。また、同市はオリンピアンの早田ひな選手の出身地としても知られ、卓球の国際大会開催の実績もあり、2024年11月もWTTファイナルズ(男女)が開催されるなど、日本卓球協会と共に卓球界を盛り上げている街です。

パラリンピアン輩出の街 北九州市

北九州市は、全国的に見るとパラスポーツに力を入れています。2002年、世界車椅子バスケットボール選手権「ゴールドカップ」が開催され、翌年から「北九州チャンピオンズカップ国際車椅子バスケットボール大会」を継続しています。1989年に北九州市で生まれた「ふうせんバレーボール」も毎年北九州市で全国大会を開催しています。

パラスポーツの拠点「北九州市障害者スポーツセンター(アレアス)」が2012年開設。視覚障害者用の防音設備が整っている卓球室もあります。卓球以外にも車椅子バスケットボールや水泳、ボッチャなど様々なパラスポーツを楽しむ拠点となっています。北九州市がパラスポーツを推進(国際大会の開催やパラリンピックでのキャンプ地誘致など)することで、年齢や障害の有無を問わず、市民がスポーツに関心を持つようになりました。アレアスでは、卓球だけでなく他のスポーツでも活動する団体が増え、また、市内で大会が開催されるときには、選手や大会関係者を歓迎する市民の機運醸成が高まっています。

北九州市障害者スポーツセンター(アレアス)

北九州市はパラリンピアンも輩出しており、パリパラリンピックには、パラアーチェリーの重定知佳選手、パラ競泳の福田果音選手が選ばれています。北九州市のスポーツコミッションを担当する三輪さんによると「地元からパラアスリートが出てくることで、市民が一気に注目するようになりました。そういった背景があって北九州市は環境整備に力を入れるようになった」とのことです。

しかし、パラスポーツ環境の整備が進んでいる都市とはいえ、それが十分だとは言えない問題意識を北九州市も持っていました。

不足していたユニバーサル卓球台

2023年10月よりスタートした北九州市とパラ卓球協会の連携事業では、どのような課題解決に取り組んできたのでしょうか。

まず、市から北九州市障がい者卓球協会に協力・連携を依頼。練習環境を整備するために具体的に何が必要かをヒアリングし精査しました。

環境整備のハード面においては、車椅子での競技が可能なユニバーサル卓球台が不足している課題がありました。ユニバーサル卓球台は、現状広く普及しているものより脚が奥に位置するよう設計してあり、車椅子が脚に当たらずスムーズに動かせる作りになっています。ユニバーサル卓球台を兼ね備えている施設は全国でも多くはありません。「車椅子選手の多くは、健常者が使う卓球台で、車椅子が卓球台の脚にぶつからないように気を付けながら練習しているのが現状です」と羽生さん。

ユニバーサル卓球台。脚が奥に入り、車椅子が当たりにくい設計になっている。

この問題を受けて、市はパラ卓球協会へユニバーサル卓球台の設置を相談。パラ卓球協会が購入し市へ貸与することで、アレアスには現在ユニバーサル卓球台が5台設置されています。またボールや貸出用ラケット等の用具を増やしたり、車椅子使用者が練習の際、相手が車椅子に座って練習する時などに使用する競技用車椅子を提供したりするなど、現場の要望を聞きながら様々な整備を行いました。

指導者の増員、日本代表選手との連携イベント

指導者不足の問題も浮き彫りになりました。事業を進めるにあたっては、地元の卓球協会と連携して、卓球指導歴のある2名を当事業のコーチとして選任。さらに、パラ卓球協会は指導者育成のための教材を新規に作成し、同協会と地方のコーチとの連携機会を設けて、指導の質向上にも努めています。

現在、北九州市障がい者卓球協会がスポーツセンター・アレアスで実施している定期練習のうち、月に2回(第2、4土曜日)を、当事業の練習会として開催しています。マンツーマンで指導し、最後にコーチと試合形式で1セット戦います。2024年度からは、コーチのアイデアで、学びたいことを参加者に紙に書いてもらい、コーチ間で共有しながら、一人ひとりのレベルや希望に合った指導をしています。練習会には障害の有無にかかわらず、だれでも参加できます。車椅子使用者を含む肢体が不自由な人、知的障害のある人等、コーチがコミュニケーションをとりながらきめ細やかに指導にあたっています。

定例練習(選手同士のラリー練習)

「連携事業に参加してから、アレアスの雰囲気がガラッと変わりました。練習会の参加者たちが生き生きとしていることが感じられます」と同市の三輪さん。ユニバーサル卓球台が増え、専属のコーチの指導を受け、参加者たちは卓球を楽しみながら技術も向上しているそうです。「自分自身が上達しているのがよくわかる。とても楽しい」と声をはずませる参加者もいます。「今日はバックハンドを習いたい」など積極的にコーチに伝え、さらに上を目指す参加者の姿が見られます。

2024年1月にはキックオフイベント「パラ卓球初心者向けの体験会」を開催し、障害の有無を問わず約20名が参加しました。パラ卓球日本代表の中本亨選手、北川雄一朗選手も参加。二人がデモンストレーションで車椅子卓球特有の難しい技などを披露し、参加者たちも日本代表の二人とのラリーを体験しました。

選手同士のラリー練習

パラアスリートの育成環境を全国に

三輪さんの目標は、今回の事業を起爆剤としてパラ卓球のファンを増やし、同市の他の体育館でもパラ卓球に触れられる環境を整備していくことだと言います。事業終了後も他の自治体と連携して、パラ卓球の全国大会開催などに展開していきたいと考えているそうです。

パラ卓球協会では、来年度に向けて環境整備で連携できる自治体を探しています。今は引退し地域で活動している元選手の情報等を収集して、一緒に挑戦しましょうとアタックしているそうです。

「自治体の皆さんには、『こういうことができたらいいよね』と声を挙げるところから始めてほしい。そこから連携して、次の動きに繋げていきたいです」とパラ卓球協会の羽生さんは言います。羽生さんの目標は、全国にパラ卓球の拠点を整備し、パラリンピックを目指せる選手を輩出すること。パラ卓球協会として、誰もが楽しめるインクルーシブな練習環境の整備を今後もサポートをしていきたいと考えています。北九州市での取組を一つのロールモデルとして、「パラ卓球の環境整備を考えている自治体に、北九州市の発展している姿を伝えながら、拠点同士の交流試合をするなどの形に発展させたい」と期待しています。

アスリートの発掘・育成・強化は一貫して取り組むことが重要で、才能を見出すだけではその先に続かず、トップアスリートの強化だけを行っても裾野は広がりません。アスリートの育成のためには、地域と統括団体と国が共に課題解決に取り組んでいくことが欠かせません。自治体が現場を見据え、「こう変えたい」と声を挙げることで動き出す未来があります。発掘・育成・強化の歯車が噛み合うことで、未来のトップアスリート達は全力を発揮できるのです。


【北九州市の魅力】

豊かな自然や歴史に彩られた名所が盛りだくさんの北九州市。
その魅力の一端をご紹介。

世界遺産

官営八幡製鐵所
1901年に東田第一高炉への火入れから操業を開始した「官営八幡製鐵所」は、日本の近代製鉄の礎を築いた。2015年に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産となっている。

歴史

小倉城  
細川忠興が1602年から七年の歳月をかけて築城。四階と五階の間に屋根のひさしがなく、五階が四階よりも大きくなっている「唐造り」が特徴的で、唐造りの名城と呼ばれている。現在の天守閣は1959年に再現されたもので、都心のシンボルとして、外国人観光客のスポットになっている。

自然

平尾台  
日本を代表する三大カルストの一つで、標高600メートル、東西2キロメートルにわたり高原が広がっている。白い石灰岩が羊の群れのように広がる風景から「羊群原」とも呼ばれており、周辺には千仏鍾乳洞や牡鹿洞などの鍾乳洞も多数ある。

観光

門司港レトロ  
関門海峡を望む門司港レトロ地区には明治・大正時代から残る建物が立ち並び、その玄関口として賑わいを見せるのが、1914年に建設された九州最古の木造駅舎「門司港駅」。1988年に駅舎として初めて国の重要文化財に指定された。


福岡県北九州市
九州の最北端に位置する北九州市は、1963年に門司・小倉・若松・戸畑・八幡の世界初の5市対等合併により、九州初の政令指定都市として誕生した。現在では、夜景の美しい街として、日本新三大夜景都市に全国1位で認定されており、皿倉山や小倉城、若戸大橋など9つの日本夜景遺産に恵まれている。

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「ミラメク」2024年夏号 記事


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