主体的な学びを支えるデジタル教科書の可能性(山梨市の事例)
2024年4月、全国の小学5年生から中学3年生を対象に、英語のデジタル教科書の導入が本格的に始まりました。
デジタル教科書とは、紙の教科書の内容を全てそのまま記録したデータ版の教材のことで、動画・音声やアニメーション等のコンテンツ(補助教材)と組み合わせて学び方の幅を広げ、児童生徒の学習の充実を図ることが期待されています。
デジタル教科書だからこそ実現可能な授業方法や子供たちの反応について、先行して授業で使用してきた小学校の先生と市の教育委員会にお話を聞きました。
驚くほどスムーズな導入
山梨市加納岩小学校では、2023年度の実証研究校として全国に先駆けてデジタル教科書を用いた授業を始めています。6年生の英語の授業を担当する藤木真里佳先生は、以前から教師用デジタル教科書は使用していましたが、子供たちが学習者用デジタル教科書を手にした時にどういう使い方をするのか想像がつかず、最初は不安を覚えていたそうです。
「実際に学習者用デジタル教科書を使ってみたら、子供たちが自由に、どんどん使っていく様子がみられ、私の不安は払拭されました」
子供たちはそれまで先生が教師用デジタル教科書を使う様子をよく観察していたようで、使い方を真似ているようでした。最初におおまかな操作説明は行いましたが、そこからは習うより慣れろのスタイルで、子供たち自ら使いこなし、必要があれば周りの友達に「そのページにはどうやっていくの?」と尋ねて解決することができたので、操作上で困ることや課題はなかったそうです。
藤木先生は、学習者用デジタル教科書の導入に抵抗を感じていたのは子供たちではなく大人たちの方だったと導入当時のことを振り返ります。「授業の流れを変えないといけない、これまでのやり方では通用しなくなる」という不安がその原因だったと今では考えているそうです。子供たちが積極的にデジタル教科書に触れ、どんどんと使いこなしていく様子を見て、今までの授業構成自体を大きく変えていこうと前向きに考え始めることができたといいます。
自ら学習し課題解決するためのツール
英語のデジタル教科書は、音声を自由に再生して語彙や表現の発音や使い方の確認ができます。自分のペースで繰り返し納得するまで音声を聞けることはとても大きなメリットだと藤木先生は考えています。繰り返し音声を聞くことが可能になったことで、既習に戻ることが簡単になりました。
小学校の英語の教科書には文字表記が少なく、イラストがメインであるため、紙の教科書では、子供たちが自分で調べようと思っても単語を書き留めておくしかできることがありませんでした。今では子供たちが疑問を持った時に、先生が答えを教えるのではなく「教科書にはなんて載っているかな?」と自ら調べるように促しています。
「子供たちに改めて聞いてみましたが、『デジタル教科書はあったほうがいい』と即答してくれました」
と藤木先生。子供たちに理由を訊くと「分からないことを自分で調べられる」「英語が話せるようになった気がする」という回答があったそうです。家庭学習が容易になったことで、保護者からも「こんなに自分の子が英語を上手に話せると思わなかった」という感想がありました。
思考力・判断力・表現力を鍛える授業に変化
授業構成に関して藤木先生は、思考力・判断力・表現力を育むことに時間を割くように変えました。
以前は、1単元のうち1、2時間は語彙や表現の獲得など知識・技能面を支える授業に充てていました。授業回数を重ねていくごとに、思考力・判断力・表現力を鍛えるために多くの時間を充てる構成で進めており、目的・場面・状況を考えながら単元のゴールに向かうためには、時間が足りないと感じていました。
デジタル教科書によって、子供たちが家庭でもリスニング教材やアニメーション教材に立ち返って自主的に学習できるようになり、自分で解決する力を身に着けてきたことで、授業では1時間目からどんどんアウトプットをさせトライアンドエラーを繰り返すことが可能になりました。英語の授業で重要な目的・場面・状況に立ち返る時間を増やし、目的を達成するために今の英語は十分かと問い返して吟味する時間を確保して、1時間目から単元末のゴールに向かって必要な事柄を練り上げていく授業になりました。
具体的には、2〜3分のデジタル教科書を使用した個別学習の時間と、言語活動の時間を1セットとし、これを繰り返すことで単元のゴールの活動に向かえるようにしています。必要に応じて、英語で伝える目的・場面・状況に立ち返りながら、粘り強く学びを積み重ねていきます。この機会こそが、子供たちの思考力・判断力・表現力を鍛える時間だと藤木先生は考えています。
「語彙の獲得が不十分なままでは、自信を持ってアウトプットはできません。デジタル教科書という自分で学ぶツールを得たことで、子供たちが自信を持ってアウトプットができるようになりました。そのような姿に背を押され、私も思い切って授業構成を変えることができました」
一人一人自分のペースで着実に成長
藤木先生の学級では、デジタル教科書を用いた家庭学習の取組をスプレッドシートで管理しています。子供たち自身が「今自分に必要な学びは何か」を考えて自ら家庭学習の課題を設定し、各自の取組をスプレッドシートに記入します。藤木先生は「個人が抱えているつまずきポイントを一目で把握することができるようになった」と話し、一人一人により寄り添ったサポートができているといいます。
このような加納岩小学校の授業を踏まえて、山梨市教育委員会の指導主事である志村貴美子さんはデジタル教科書の効果を次のように分析しています。
一つ目は、子供たちの学びと思考を促すためのツールとしての役割です。デジタル教科書の使用自体が目的化してしまうことがしばしば懸念されますが、子供たちの学びを促し気付きを深めていくための道具であることが、実際に使うとわかります。
二つ目は、授業と家庭学習の往還です。デジタル教科書を使った予習や復習が授業に活かされる様子が見られています。子供たちからも「あの時このようなことを学んだね」と声が上がるようになりました。
三つ目は、他者参照です。スプレッドシートを用いた学びの見える化をはじめ、子供たちは友達と学びを共有しヒントが得られます。こうした協働的な学びによって、学び方自体を学ぶ効果もありました。
「2度目の研究授業に伺った時、子供たちの主体的自律的に学ぶ姿の変化に衝撃を受けました」と志村さん。子供たちが先生の指示をただ聞くだけでなく、自ら課題を見つけ、「次は何をしよう」とアイディアを出すなど、デジタル教科書が自ら学びを獲得する仕組みに繋がっていました。
「子供たち全員が同じスピードで学べるわけではありません。個別最適な学びの観点でデジタル教科書が役立っているとの実感の声が先生達から聞こえてきます。英語が苦手な子供が『楽しい』と言った話も聞いています」
地域の小中学校全体での情報共有
とはいえ、慣れないうちはデジタル教科書の活用に困難を感じる先生もいるはずです。
山梨市では指導者の資質向上のため、先生同士の情報共有を推進しています。
市のデジタル教科書推進委員会では、研究授業を実施し、学習上役立つ機能や家庭学習の取り組み方、有効な学習展開など成果を共有しました。また英語科推進委員会では、デジタル教科書を用いた授業を始めている小中学校の先生方に実践事例集をまとめてもらい、市内の先生がデジタル上でいつでも参照できる環境を整備しています。
「まずは先生方の授業力を高めていく活動を、学習会や研究会などの場面を通して行っています」
山梨市では、授業方法を模索しながら実践を重ね、課題や改善策を山梨市内の学校に共有する形で、学校のサポートを続けていくといいます。教育委員会の志村さんは「子供たちの学びが中学校にも繋がっていくよう、市全体で今後も学びの接続に力を入れていきたい」と意気込みます。
自立した学習者の育成のために
今後の授業の展望について加納岩小学校の藤木先生は、子供たちをより自走させていくことが挑戦だと話します。授業づくりでは、より明確な目的・場面・状況を設定し、粘り強く立ち返らせることで、子供たちの「もっとこういうことがやれたらいいな」という思考が働いていくことを期待しています。
「教師のガイドがなくても、思考を整理しながら積み重ねていける子供たちを育てたい」と藤木先生。デジタル教科書という自分で調べることのできるツールが、子供たちの「自分で頑張ってみよう」という意欲にも繋がると考えています。
教育委員会の志村さんも、「学びたいことを学びたい時に学べることを実現できれば、子供たちも楽しくなりますし、やってみようという気持ちになることが期待できます」といいます。
文部科学省では、全国におけるデジタル教科書の積極的な活用を推進すべく、ガイドブックや研修動画を公表しており、「学習者用デジタル教科書実践事例集」では、デジタル教科書の効果的な活用のポイントや学習効果を高める工夫について紹介しています。これからも、デジタル教科書を使って子供たちの主体的・対話的な深い学びを促進しようとする自治体、先生を後押ししていきます。
【山梨市の魅力】
豊かな自然と歴史に彩られた名所が盛りだくさんの山梨市。
その魅力の一端をご紹介。
自然
歴史
施設
食
山梨県山梨市
甲府盆地の東部に位置する。面積の8割を森林が占め、笛吹川やその支流などがもたらす肥沃な土地の恩恵を受け、なだらかな斜面や平坦地に広がる桃・ぶどうの果樹園は、美しい景観をおりなすとともに、県内有数の生産量を誇っている。
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「ミラメク」2024年春号 記事
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