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科学の力で災害を力強くしなやかに乗り越える【防災科研】

 2024年は、能登半島における地震や豪雨などによる深刻な災害が相次ぎました。自然災害が多発する日本では防災・減災の備えが重要ですが、そのためには「今何が起きているのか」を知るための観測と、「なぜ・どのように起きているか」を明らかにするための研究開発が必要です。そのような観測や研究を行っているのが防災科学技術研究所です。

防災科学技術研究所 つくば本所

POINT
▶防災科研の観測データは緊急地震速報などに活用される。
▶実物大の建物の耐震性能評価実験や、自然の断層活動の再現実験などを行える世界最大級の実験施設・装置を保有。
▶災害現場の情報一元化システムの開発で、日本の災害対応にも貢献。


災害国・日本の防災科学技術の研究拠点

日本は様々な自然災害が多発する世界有数の災害国です。文部科学省が所管する国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、防災科研)は、災害国・日本の防災科学技術研究の中核的機関として、災害の発生予測や早期復旧・復興を実現するため、地震・津波・火山噴火・豪雨・豪雪などによる、あらゆる自然災害を対象に研究を進めています。

防災科研の取組

防災科研の多岐にわたる取組のうち、主に地震に関する取組について紹介します。

緊急地震速報にも活用される観測データ

皆さんのテレビやスマートフォンに届く緊急地震速報には、防災科研の観測データも活用されています。
1995年の阪神・淡路大震災を契機として、政府の特別の機関として、地震調査研究推進本部が設置されました。防災科研は、地震調査研究推進本部が策定した基盤的調査観測計画に基づき、全国の陸域で隈なく地震活動を観測するための基盤となる観測網を整備してきました。地震動の振幅・周期の範囲は広いので、観測目的に応じて地震計を使い分ける必要があります。例えば、微弱な揺れを観測するための「高感度地震計」や、強い揺れを記録するための「強震計」があります。このうち、高感度地震計の観測データをもとに即時に震源を推定する方法を防災科研と気象庁が共同で開発し、2007年から緊急地震速報に活用されることとなりました。

南海トラフ地震に備える新しい観測網

日本列島を取り巻くプレート境界は大部分が海域にあり、地震活動が活発です。そのため、防災科研は海域においても地震・津波をリアルタイムに観測するためのケーブル式観測網を整備しています。北海道沖から房総半島沖には日本海溝海底地震津波観測網(S-net)、熊野灘と紀伊水道沖には地震・津波観測監視システム(DONET)が整備されています。海域の地震津波観測網による観測データの一部は、JR各社との協定のもと地震発生時の新幹線の緊急停止などにも活用されています。これら全国の陸域から海域までを網羅する「陸海統合地震津波火山観測網」を愛称「MOWLAS」として、防災科研が統合運用を行っています。

(図1)MOWLASの観測点配置(右)とN-netの整備状況(左) 

ここに新しい観測網が加わります(図1)。南海トラフ周辺の海域では今後30年以内にM8~9クラスの地震が70%~80%の確率で発生すると想定されており、ひとたび発生すれば地震・津波により甚大な人的・経済的被害を引き起こす恐れがあります。このような背景から、防災科研は高知県沖~日向灘に「南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)」の整備を進めており、2024年から沖合システムの運用を開始しました(沿岸システムは現在整備中)。

この新しい観測網により、地震動を最大20秒程度、津波は最大20分程度早く直接検知できるようになります。すでに一部の観測地点のデータが気象庁の津波情報等に活用されており、沿岸への津波到達時刻や高さといった情報発表の迅速化、精度向上などが期待されています。

世界最大級の実験施設・装置

自然現象のメカニズムを解明するためには、実際に起きた現象の観測だけではなく、実験による研究開発も重要です。防災科研は、地震研究のために世界最大級の実験施設・装置を保有しています。

「実大三次元震動破壊実験施設」(E−ディフェンス)は、実大規模の構造物を前後・左右・上下に揺らすことができます。巨大な震動台の上に10階建てオフィスビル相当の構造物を載せ、阪神・淡路大震災を上回る地震動を起こす実験(図2)などを行ってきました。防災科研はE−ディフェンスを使用した実験で、構造物が損傷・倒壊に至る過程を解明してきました。損傷度合いを瞬時に把握して安全性を判断する技術の研究開発や、耐震性能・対策技術の評価にも取り組んでいます。2024年10月からは、愛知県豊橋市と協力し、実際の小学校における技術実証も実施しています。

地震発生のメカニズムを解析する

防災科研の誇る実験装置は他に、断層のずれを自然に近いサイズで再現する「巨大岩石摩擦試験機」があります(図3)。試験機のサイズは幅13.4メートル、奥行き4メートル、高さ5.9メートル、重さ約200トンにもなり、世界最大規模です。長さ7.5メートルの巨大な岩石をすり合わせることで断層のずれを再現し、地震のメカニズムを調べることができる装置です。

(図3)巨大岩石摩擦試験機の外観 

巨大岩石を用いた実験研究には、2011年から10年以上にわたり取り組んできました。これまでに3機の岩石摩擦試験機を開発しており、2023年に現行の試験機を用いた研究開発を開始しました。これらの試験機を用いた実験研究の成果はNatureなどの国際誌に掲載されたほか、地震学の発展への高い貢献が認められ、2024年度日本地震学会技術開発賞を授賞しています。

災害情報のパイプライン

防災科研の役割は、地震の調査観測やメカニズム解明に向けた研究開発だけではありません。災害対応の現場で役立つ、情報発信・共有システムの研究開発及び開発したシステムを活用した支援活動も行っています。

災害時には様々な組織が同時並行的に活動を行います。かつては災害対応にあたる組織の情報システムの連携が難しく、各組織は全体の状況や互いの動きが見えないまま対応を行うしかありませんでした。

このような状況を打破するため、災害時に必要な情報を組織間で共有するシステムを防災科研が開発しました。「SIP4D(基盤的防災情報流通ネットワーク)」と呼ばれるシステムです。災害時に複数の組織から異なる形式で発信される情報を一元化し、情報を必要とする組織がすぐにアクセスできるように作られています。

このシステムは内閣府との協働チームであるISUT(災害情報集約支援チーム)での対応に活用され、昨年の能登半島地震においても、発災直後から所内外と協働し情報共有支援を行いました。防災科研が開発したシステムが日本の災害対応を支えています。

おわりに

あらゆる自然災害を乗り越えるためには、「予測・予防」「応急対応」「復旧・復興」のすべての過程に対応した、災害に強い社会を実現しなければなりません。防災科研は「一人ひとりが基礎的な防災力を持ち、高いレジリエンス(回復力)を備えた社会」を築くことを目的に掲げています。日本と世界における中核的機関として、防災科学技術のイノベーションをさらに押し進め、レジリエントな社会の実現に向けて取り組んでいきます。

防災科研データセンターの地震波形モニター画像


【防災科研の身近な研究成果】

線状降水帯の自動検出技術の開発

近年は、線状降水帯による大雨で、毎年のように甚大な水害・土砂災害が発生しています。このような背景を受け、防災科研では気象庁気象研究所など他機関とも共同で、線状降水帯をリアルタイムで把握する技術開発を行っています。この技術により、災害発生の危険度が急激に高まっている地域における線状降水帯を自動的に検出し、警戒レベル4相当(自治体が避難指示を発令する目安)以上の状況でより災害が発生しやすい状況となっていることを周知できるようになりました。
2000年以降、防災科研では、雨粒の形を観測できるレーダーを開発・導入し、高精度な降雨強度推定の研究を行ってきました。こうした研究の蓄積も、リアルタイムでの線状降水帯の自動検出技術開発に寄与しています。

線状降水帯の雨の強さの三次元構造

 揺れのリアルタイム可視化技術(強震モニタ)の開発

防災科研の強震観測網で観測された日本全国の揺れを、リアルタイムに表示するWebサービスが「強震モニタ」です。地震発生時には、揺れが伝わっていく様子を色の変化で確認できます。
強震モニタのデータは、Yahoo!天気・災害のリアルタイム震度や、スマホアプリ「TBS NEWS DIG」、「特務機関NERV防災」にも提供されています。

長周期地震動の予測手法の開発

大規模な地震では、周期(1往復するのにかかる時間)が長い大きな揺れが生じます。このような揺れを「長周期地震動」といいます。遠くまで伝わりやすく、高層ビルを長時間にわたって大きく揺らす特徴があります。
防災科研では、この長周期地震動を即時に予測する手法を開発しました。この技術を用いて、2023年から緊急地震速報では、大きな揺れが予測される地域に加え、長周期地震動が予測される地域も発表されるようになりました。
また、防災科研においても「長周期地震動モニタ」により予測情報の提供を行っており、長周期地震動による被害軽減に大きく貢献しています。

令和6年能登半島地震時の強震モニタと長周期地震動モニタ及び緊急地震速報に基づく予測情報

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