「学び直しの拠点」を目指す県立夜間中学(徳島県の事例)
夜間中学とは、戦後の混乱や不登校など様々な事情により義務教育を十分に受けられなかった方へ、いつでも・いつからでも学び直しの機会を提供する学校です。近年はニーズも多様化し、現在、32都道府県・指定都市に53校が設置されています。
2021年、全国初となる「県立」の夜間中学が徳島県に開校し、昨年3月、同校で中学校の学びを終えた卒業生たちが新たな一歩を踏み出しました。徳島県立しらさぎ中学校の先生と卒業生、教育委員会の方々に、地域社会における夜間中学の役割や今後の展望についてお話を聞きました。
徳島県立しらさぎ中学校
2021年4月に開校した徳島県立しらさぎ中学校は生徒数34名からスタートし、2024年11月時点では39名が在籍しています。
2024年度は16歳から76歳までの幅広い年齢層に加え、9カ国から21名の外国籍の生徒が在籍しています。
さまざまな理由から、義務教育段階において十分な学びを経験できなかった方の「学び直し」(同校は原則3年、最長9年の在籍が可能)を主な目的としており、阿波踊りや藍染め、歩き遍路など、「徳島ならでは」の文化を体験できる点も特色です。また、増加する外国籍の生徒(2024年度は半数超)に対応するために日本語指導の授業も多く設定されています。
「様々な国の方が集まり、一緒に学べるグローバルな環境は、日本国籍の生徒にとってもメリットが非常に大きいと思います」と安藝憲志校長先生は語ります。「本校では、勉強したいという外国籍の方にも対応できるように、受け入れ態勢を整えています。嬉しいことに、外国籍の卒業生からも日本語指導も受けられる夜間中学に対する感謝の声をいただいています」
さらに、しらさぎ中学校では進学に向けた面接や体験入学などの進路指導にも力を入れています。隣接する定時制高校である徳島県立徳島中央高校との交流会が、同校へ進学するきっかけとなっています。また、過去には徳島県立総合看護学校への入学実績もあります。
なぜ「県立」夜間中学になったのか
開校に先立ち、徳島県では2015年度から文部科学省事業を活用した調査研究を開始しました。県・市町村の教育委員会と中学校長会で構成される「中学校夜間学級協議会」を設置し、全国の事例を参考にしながら、夜間中学のあり方や運営について調査・研究を実施しました。
徳島県教育委員会の二宮正太さんは当時の様子を次のように語ります。
「徳島県の全域で夜間中学に対するニーズ調査を行った結果、生徒数や教員数を確保するためには市町村を跨いで広域に生徒を受け入れる『県立夜間中学』の設置が望ましいという結論に至りました。
開校にあたっては教育委員会内に推進チームを設置し、条例や規則の改正、使用施設の改修や教育課程の検討など、多岐にわたる業務を行いました。
また、夜間中学について知ってもらえるように県・各市町村の施設やハローワークなどに入学案内を設置したり、教育委員会の広報やSNSなどを活用したりし、周知活動を行ってきました。2019年には県民や教職員等を対象にしたシンポジウムも開催しました」
不安を感じながら入学した夜間中学
2024年3月にしらさぎ中学校を卒業した峰祐紀さんは、いじめがきっかけで小学6年から中学2年まで不登校でした。
就職はしたものの、仕事を続ける中で読めない漢字や複雑な計算に対応できなかったこともあり、学び直しの必要性を痛感したといいます。
「僕の里親さんが夜間中学について紹介してくれたのがきっかけでした。最初は「夜の学校って楽しそう!」と思った一方で、勉強についていけるか不安にも感じ、ハードルは高かったです」
と峰さんは夜間中学との出会いについて語ります。
「でも、入学前の面接の際に、先生方は夜間中学がどのようなところかを具体的に教えてくださいました。通い始めてからも先生方は『教室は間違える場所』だと言ってくださったので、心が軽くなりました」
「誰一人取り残さない」授業
不安を感じながらも周囲に後押しされて峰さんが入学したしらさぎ中学校は「誰一人取り残さない」を指導方針に掲げています。
夜間中学の一限目は17時55分からスタートします。40分の授業を4コマ行って20時55分に授業が終了し、21時30分までには全員が下校します。
授業は5つのコースに分かれ、「チャレンジコース」は学びの習熟度に合わせて3つに、外国籍の方を対象にした「ベーシックコース」は日本語の学習レベルに応じて2つに分かれています。合計16名の先生方(非常勤を含む)が付き、きめ細やかな授業が展開されています。
「どのコースに入るかは毎年度、生徒の希望に基づいて1週間体験してもらって決めます。新学期から新しいコースに移ったり、外国籍の方がチャレンジコースに入ったりすることも可能です」
と、生徒のニーズに応える仕組みを説明してくれたのは、教務主任の横山るみ先生です。
「教科書はありますが、生徒に合った授業をするために補助教材を作成しています。また、週に一度はミーティングを開き、生徒の状況について気が付いたことを教員間で共有するようにしています」
学ぶ楽しさを大事にした授業を実施
しらさぎ中学校の開校時から英語を担当する仁宇拓夢先生は「昼間の中学校で教えていた時に比べると、生徒たち一人ひとりのバックグラウンドが大きく異なるため、そのニーズに応えるための授業の準備や研究にかける時間は多くなりました」と語ります。
「生徒が学ぶ楽しさを感じられるような授業を心がけています。英語を話したら通じたという成功体験を積み重ねてもらえるように工夫しています」
横山先生によると、しらさぎ中学校には英語を母語とする生徒もたくさんいることから、英語を使ってコミュニケーションする機会にも恵まれているとのことです。
卒業生の峰さんはしらさぎ中学校での毎日を笑顔で振り返ります。
「英語の授業では単に教科書を読むのではなく、みんなで英語の歌やスピーチを学びました。また、テストは希望者のみで宿題もなかったため、夜間中学でプレッシャーを感じたことはなく、先生方の温かさをずっと感じていました」
仁宇先生によると、しらさぎ中学校には学習面で挫折を経験した生徒も多くいることから、先生方はポジティブな言葉をかけるように常に意識しているとのことです。
卒業生の峰さんは、毎年12月に行われる「学習文化発表会」を印象深く覚えていて、「英語で漫画などの日本文化のプレゼンをしたり、当時90歳で最高齢の生徒だった方からフラダンスを教えてもらってみんなで踊ったりもしました」と説明してくれました。
安藝校長先生によると、学習文化発表会は「生徒さんたちの笑顔がはじけ、保護者や他の参加者もその熱気に刺激を受けて、一緒に盛り上がるとても印象深いイベント」です。
夜間中学ならではの学びとは
夜間中学の最大の特徴は、年齢や背景、国籍が異なる様々な人が集うという点です。
「最初に担当したクラスには、80代の生徒さんも、当時10代の峰さんもいました。フィリピンから来て日本の高校に行きたいという生徒さんもいました」と仁宇先生は振り返ります。
「僕より先輩の生徒さんも多いので最初はとまどいましたが、教師と生徒という立場を超えてお互いをリスペクトしあえる環境があります。生徒さん全員から「授業の一言一句を聞き逃さない」「学びたい」という熱意を感じます。その熱意に私も応えなければと思います」
横山先生は「先生が教え、導くというよりも、それぞれの生徒さんのこれまでの歩みを認め、良いところを自分で発見できるお手伝いをすることを心がけています」と言います。
峰さんは他の生徒たちとの交流を次のように振り返ります。「お一人お一人から人生で経験した出来事を聞かせてもらい、教科書では学べない知識も得られたように感じます。また、外国籍の方が約半数を占めていたため、それぞれの国の料理を一緒に作ったり食べたりして、ここでしかできない貴重な経験をさせていただきました」
峰さんは、防災に対する興味を深め、在学中に防災士の資格を取得し、卒業した今は気象予報士の資格取得を目標にしています。「しらさぎ中学校でいろいろな経験をすることで自分が一回り成長し、今の仕事に対する自信にもつながった」と言います。そして、同じように夜間中学に通うことに不安を感じている人には勇気を持って一歩踏み出し、楽しい学校生活を送ってほしいと願っています。
学びたい人がいつでも学べる「学び直しの拠点」として
安藝校長先生は今後の課題について、多様なニーズへの対応、県立ゆえの遠距離通学の問題、不登校経験者も含めて心と体の健康面での配慮、の3点を挙げます。
仁宇先生も夜間中学の役割について次のように語ります。
「学ぶことにハードルを感じたり挫折したりした人たちの受け皿となり、居場所を提供する上で夜間中学の役割は非常に大きいと感じています。一方で認知度はまだまだ低いため、教育関係者、地域の方々にもっと周知できるような取組が求められると感じています」
徳島県教育委員会も現場の熱意に応えたいと思っています。二宮さんは次のように語ります。
「多様なニーズに応えるためには豊富な人材が必要です。県教育委員会としては、多様な教育活動に配慮した人員配置を行うなど、今後もサポートを続けたいと思っています。また、全国初の県立夜間中学ですので、密にコミュニケーションを保ちながら、対応が難しい事案に関しては相談に乗りたいと考えています」
開校から4年目、試行錯誤で作り上げてきた「誰一人取り残さない」学び直しの拠点は、地域社会においてさらに多様化するニーズの受け皿となっていくでしょう。
今後、増加する不登校を経験した生徒を対象にした学び直しの場、高校への進学支援も求められますし、外国籍の生徒の増加に伴い、日本語指導や日本社会への適応サポートの必要性が高まっています。
文部科学省は、夜間中学の更なる設置促進とともに、すでに設置されている夜間中学の教育課程の充実、地域社会の認知向上に向けた取組を引き続き支援していきます。
【徳島県の魅力】
豊かな自然や歴史に彩られた名所が盛りだくさんの徳島県。その魅力の一端をご紹介。
文化
歴史
食
自然
徳島県
徳島県は四国の右側に位置しており、標高1,000mを超える剣山をはじめとする山々や、最大直径30mにもなる世界最大級の渦潮など、スケールが大きく豊かな自然に恵まれています。歴史の中で育まれてきた伝統文化や、温暖な気候を生かした農産物に溢れた地域です。
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