ミラメク現場から 和歌山発!~博物館をハブとして地域課題を解決「さわれる文化財レプリカ」&「お身代わり仏像」PROJECT~
今年4月に施行される改正博物館法。新しい制度では、博物館がハブとなり、学校や地域の団体などと連携して地域の活力向上に取り組むことが期待されています。
和歌山県立博物館(以下、博物館と略称)は、和歌山県立和歌山工業高等学校(以下和歌山工業高校と略称)、和歌山大学等と連携し、地域課題解決に取り組みました。その活動を紹介します。
「さわれる文化財レプリカ」&「お身代わり仏像」PROJECTは、和歌山工業高校の生徒が3Dプリンターで博物館所蔵の文化財のレプリカを作成し、視覚に障害がある人も手で触れて文化財を鑑賞することを可能にし、地元の寺社に祀られる仏像の盗難被害防止にも役立っているユニークな試みです。この取組は、内閣府の2014年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰の内閣総理大臣表彰、2020年度第8回プラチナ大賞の優秀賞きらり活動賞を受賞しました。
ある盲学校教員の悩みが発端
始まりは2010年。発端は、和歌山県立和歌山盲学校の教員のこんなつぶやきでした。
「盲学校の生徒に、郷土の歴史や文化を教える教材がないのです」
そういう状況を知った博物館副館長と学芸員の大河内智之さん(当時。現在は奈良大学文学部文化財学科准教授)は、「博物館として何かできないか」と強く思ったそうです。
盲学校の悩みは、そのまま博物館の課題でもありました。全ての人々に開かれ、物理的及び文化的なアクセスを約束する場であるべき博物館。視覚情報に多くを負っている博物館の展示は、それ自体が視覚に障害のある人にとって大きなハードルです。「検討の結果、“さわれる文化財レプリカ”というアイデアが挙がりました」従来、博物館の展示では、レプリカを活用することがあります。しかし、非常に高価であることと、触ることを前提とした作りではないことがネックでした。
同じ頃、2007年に新設された和歌山工業高校産業デザイン科では最先端の3Dプリンターなどを導入し、有効な活用法を模索する中、紀州東照宮・和歌祭の行列で着ける仮面を複製し駅駐輪場の防犯に活用したことが地元新聞に掲載され、大河内さんの目に留まります。
「和歌山工業高校の3Dプリンターでレプリカを制作できないだろうか」
そうすれば、盲学校の希望に応えられ、3Dプリンターの有効活用にもなります。「ノウハウはありませんでしたが、とにかくやってみようと動き始めたのです」
「さわれる文化財レプリカ」
プロジェクト始動 2010年~
博物館からの提案を受けた和歌山工業高校産業デザイン科では、当時最先端の3Dスキャナーと3Dプリンターを用いた、ABS樹脂製(プラスチック)の文化財レプリカ制作に取り組むことに。課題となった材料費は文化庁の補助事業に採択されたことで解決。
「3Dプリンターで作った文化財レプリカは思った以上のできばえで感動しました」と大河内さん。しかし着彩が思いのほか難しく、なかなかリアルに仕上がりません。どうしたものかと悩んだ末、和歌山大学教育学部の美術専攻の学生の協力を依頼。学生らの手で、風雪に耐え朽ちた仏像の質感そのままに、本物そっくりのレプリカが作れるようになりました。
苦労の末、できあがったレプリカは、博物館内に設置され、来館者は誰でも自由に触ることができます。
来館した県立和歌山盲学校の生徒からは、「説明を聞くだけではわかりにくいけれど、触ったらよくわかった」「見えている人の中に入って一緒に文化財の鑑賞を楽しめるのが嬉しい」といった感想があったといいます。
一方、和歌山工業高校の生徒からは、自分たちの作ったレプリカが多くの人に利用されていることへの喜びの声が聞かれました。「生徒たちが社会とのつながりを感じる機会となりました」と大河内さんは取組の手応えを語ります。
仏像を救え!
「お身代わり仏像」 2012年~
視覚に障害のある人も、ない人も、誰もが楽しみながら学べる展示として始まった、「さわれる文化財レプリカ」づくりの試みは、2012年、思いがけない展開を迎えます 。
和歌山県では、2010年春頃から連続60件、仏像172体を含む前代未聞の文化財盗難事件が発生。被害に遭った場所のほとんどが、地域住民で管理する無人の寺社でした。過疎化・高齢化が進み、寺社の維持・管理が難しくなっていることが盗難多発の一因でした。仏像の窃盗は、単なる物的な被害に留まらず、信仰する地域や人々の歴史と尊厳を奪い、精神的なダメージを与えます。盗まれない対策を直ちに講じる必要がありました。
そこでひらめいたのが、「さわれる文化財レプリカ」の水平展開でした。同様の手法で精巧な仏像のレプリカを制作し、寺社に「お身代わり仏像」として安置。実物は博物館で安全に保管する取組がスタートします。
高校の正規授業で
お身代わり仏像の制作
「お身代わり仏像」も、和歌山工業高校産業デザイン科の生徒たちが制作。制作は、3年生の「課題研究(毎週金曜日の午後)」の正規授業で行われています。制作に取りかかる前に、博物館学芸員から仏像に関する歴史や由来等のレクチャーがあります。「数百年も昔から地域で守られてきた仏様の背景を知ることで生徒の目の色が変わる」と指導教諭の児玉幸宗先生は言います。普段は見ることのできない貴重な文化財を目の前にした生徒たちは感動し、まごころ込め積極的に制作に励むようになるそう。
できあがったレプリカは、「お身代わり仏像」と称され、現地へ奉納されます。しかし、心配なのは、「レプリカを信仰の対象として受け入れていただけるのか」ということ。そこで行われているのが、制作に携わった高校生・大学生が現地を訪問し、現地の方々とコミュニケーションを取りながら、レプリカを直接手渡し奉納する取組です。地域の方々は、遠路はるばる訪ねてきた生徒たちから制作時の思いや苦労話を聞き、「身代わり像だが、誠心誠意作ってくれた心が伝わってくる」と、喜んで受け入れてくれるそうです。
「奉納を終えた生徒からは、『最初は計測した3Dデータの修正が上手に出来ているか不安だったけど、地域の人たちが喜んでくれたことで、不安を上回るほどの貴重な経験でした。すべての方との出会いに感謝です』『仏像の歴史に興味を持ちました。大きなやりがいと達成感を得ることができ、嬉しかったです』『地域の人たちが喜んでいたのを見て、誇りを持って堂々と素晴らしいことをしているんだと実感しました』と感想を述べています。住職さんや地域の方々からの感謝やねぎらいの言葉に、生徒たちは達成感を感じ、それが自信につながっています。学内だけの授業に留まらず、地域社会への貢献で様々な人と出会える。教育効果は、とても高いですね」と児玉先生。お身代わり仏像(神像)は、2023年3月現在、合計21カ所の寺社に40体が奉納されたそうです。これらの取組で和歌山工業高校産業デザイン科は、総務省の2022年度「ふるさとづくり大賞 団体表彰」を受賞しました。
博物館が核となり、
教育現場と地域をつなぐ
「お身代わり仏像」PROJECTは、博物館が核となり、地域と教育機関・協力者をつないで文化財を盗難や災害から守る、和歌山県独自の取組です。
重要なのは、地域課題の解消にあたって、それまで全く接点のなかった高校生や大学生と地域の人々を、博物館がハブとなってつなぎ、それが受け入れられていること。
「10年かけて、なくてはならない県の事業として育ってきています」と振り返る大河内さん。昨年博物館を退職し、後任者にこの事業を引き継ぎました。「今後やるべきことは、博物館がハブとなり、県、学校等が連携して地域課題を解決する仕組みを広く知っていただくことだと思います」
同様のフレームは、取り組み方次第でどの地域でも実現可能だと大河内さん。
今年の4月に施行される改正博物館法では、地域の多様な主体との連携による地域活力の向上への寄与が努力義務として盛り込まれました。昨年夏にICOM(国際博物館会議)で採択された新しい博物館定義においても「Open to the public」、「participation of communities」という文言が加わるなど、より社会や地域に開かれた役割と機能が求められています。
博物館はどのような形で地域に貢献できるのか。あらゆる人々に開かれ、あらゆる人々をつないで連携するネットワークの核としての機能が、今、求められています。
(番外編)和歌山の魅力をご紹介
豊かな自然と歴史に彩られた名所が盛りだくさんの和歌山県。その魅力の一端をご紹介。
歴史
文化
自然
食
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