見出し画像

北海道岩見沢市発!岩見沢市・北海道大学から生まれた家族向けオープンイノベーション

母子健康調査データから要因や対応策を分析し、低出生体重児の減少に貢献

第5期科学技術基本計画以降、地方大学が各地域で専門知のハブとなり、地域に根差した産官学連携の実現を通して、地方創生に貢献することが期待されています。
北海道岩見沢市では、北海道大学、森永乳業、株式会社日立製作所等と連携し、低出生体重児を減らす取組を実施しました。その活動を紹介します。


岩見沢市・北海道大学の産学地域共創プロジェクトでは、少子化の課題解決に向けて、「子供たちが一番幸せになる街をつくろう」をテーマに、出産、子育てを継続的に支援する「母子健康調査」を実施し、母子の栄養バランスを考えた食を届けるサービスや在宅・遠隔妊産婦検診を行っています。この取組は、内閣府「2020年日本オープンイノベーション大賞」等、様々な賞を受賞しています。

お話を聞いた人

国立大学法人北海道大学特任教授
社会・地域創発本部本部長 吉野正則さん
岩見沢市 情報政策部長 黄瀬信之さん
岩見沢市 健康福祉部 健康づくり推進課 係長 榎本尚司さん

2015年よりプロジェクト始動

岩見沢市は北海道大学まで車で約30~40分で行けるというアクセスの良い立地にあります。村よりは大きく札幌市ほどは大きくないという市の規模感、そして松野市長を中心に市全体として『大学や企業の知見をうまく融合していろいろな人と議論しながらまちづくりをしたい』という雰囲気があったことが重なり、2015年に「北海道大学COI『食と健康の達人』拠点」(COIとはセンター・オブ・イノベーションの略。文部科学省・科学技術振興機構が実施しているプログラムのこと)の活動が始まりました。「子供たちを大切にしようと考えている人たちが多く、いい風が吹いて人と人が繋がった」と北海道大学COI拠点長の吉野さんは振り返ります。

低出生体重児(出生体重2,500g以下)で生まれてくると、胎児期~幼・小児期で低栄養や発育遅延となりやすく、成人になっても発達障害や2型糖尿病などの疾病のリスクが高まります。日本は10人に1人が低出生体重児と言われており、この数字は他の先進国の2倍です。

■ OECDによる低出生体重児の割合
(資料)Health at a Glance 2013, OECD.Stat(2014.7.15 OECD Health Statistics)

ではなぜ日本には低出生体重児が多いのでしょうか。調査した結果、若い女性はBMI18.5以下の人の割合が高く、やせすぎていることが原因の一つでした。BMI18.5以下は世界では栄養失調とされ、胎児にも影響を与えます。そこで、妊娠しているお母さんと生まれてきた子供の腸内環境を見ることによって、この状況を改善できるのではないかと考え、「母子健康調査」が始まったのです。

■ 国民栄養調査によるBMIの割合
資料:厚生労働省 国民栄養調査(H21)
■ DOHaDの概念
DOHaD:Developmental Origin of Health and Disease

低出生体重児を予測するには、お母さんの腸内環境や生活習慣に関するデータ、便・血液・母乳等の試料を集めなければいけないため、保健センターで母子手帳を交付する際に、お母さんに調査の概要や目的を説明し、同意書をもらう必要があります。このリクルートの過程を経て、2017年に約70人のお母さんに登録してもらい、調査がスタートしました。定期的にお母さんから便・血液・母乳等の試料を提出してもらい、健康情報について大学と企業がデータの分析を行います。それに加えて、市と家族を直接結ぶコミュニケーションアプリを通して保健師さんに悩みを相談できる仕組みを作りました。また、個人の健康状態に合わせた食事を届けるというサービスを提供したり、オンラインでの遠隔妊産婦検診も行ったりしました。このような科学的な調査とお母さんの体と心のケアを並行して行った結果、2015年には10.4%だった低出生体重児率を、2019年には6.3%にまで減少させることができました。

また、収集したデータを基に、腸内環境の分析ツールを作ったり、病院にかかった際にもらう診療報酬明細書のデータを収集したりすることで健康統合データベースを作成し、岩見沢市民の74%をカバーする「健康予報システム」も構築しました。これにより、疾病の多さや検診の頻度が地域別に分かるようになったため、自治体全体の健康を守る施策の策定に役立っています。

信頼関係の構築と繋がっている安心感

もちろん、プロジェクトが最初からうまくいったわけではありません。最初はお母さんに協力をお願いしてもなかなか理解を得られず、調査に協力してくれる方が少なかったため、榎本さんを含め市の担当者の方は苦労されたそうです。しかし、協力してくれたお母さんのデータを保健師さん同士で共有することで、過去のログやデータに基づいたサービスを提供し、それ以上にお母さんたちとの1対1のコミュニケーションを大事にしたことから、協力してくれるお母さんたちが増えていきました。たとえリモートの繋がりだとしても「伴走している」という感覚を持ってもらえたそうです。さらに、栄養や母乳成分の結果表とともにフィードバックをもらえることから「普段知ることができないことが知れてよかった」という喜びの声もあったといいます。

「社会の中の自分」という意識

プロジェクトに協力してくれたお母さんにアンケートを実施したところ、「他の人の役に立ちたい」という意見が多く見られました。日頃、お母さんや病院の人たちとの交流が少ない大学の先生や学生にとっても、このプロジェクトを通して社会と繋がることができ、自分を変えていくきっかけとなったそうです。

そして、日々忙しい保健師さんたちも、今では「もっと何かしようよ」と北海道COIに声をかけてくれるようになりました。「お母さんが安心して出産・子育てができ、喜んでいる姿を見て保健師さんが元気になる」「感謝の気持ちが伝わる」ことで、さらにお互い社会のために良いことをしようというモチベーションに繋がっているといいます。

関係する全ての人が、このプロジェクトを通じて「社会の中の自分」を意識し、「市民みんなのために」という目的意識を持って相互に良い効果を与えあっていることが、子育てをしやすい幸せな街に繋がっているのです。

岩見沢市母子健康調査

自治体を中心とした繋がりの輪

「まずは首長に『施策としてやる』と決定してもらうことがスタート」と黄瀬さん。なにかプロジェクトを立ち上げるとなると、関係者の方々との合意形成を取ることがとても大変です。ここで首長が先頭をきって「やる」と判断することで、周りが動きやすくなるといいます。

ただ地元に大学がない地域は、そもそも大学と共にプロジェクトを行うという発想自体がなく、産官学連携になかなか発展しづらい場合があります。仮に大学があったとしても、研究開発という名目で実施をするとうまくいきません。大学の研究開発は期間が決まっていたり、資金面の問題でプロジェクトが終わってしまったりし、事業が継続しないことが多々あるからです。「海外には産官学連携という言葉自体がない。日本からその言葉をなくすことが僕らの1つのチャレンジだ」と吉野さん。“研究成果を出すことを目的に、大学が自治体という場所を借りて研究開発をする”のではなく、“市民を幸せにすることを目的として、自治体を中心に、当たり前に大学・企業が事業の一部を担って研究する”という意識が重要になってきます。

岩見沢市では、「母子健康調査」を続けつつ、2021年より新たなフェーズとして「こころとカラダのライフデザイン共創拠点」の活動を始めました。日本はヘルスリテラシーが低く、望んだ時に妊娠できない人が多く存在します。また、ジェンダーギャップ指数が低く、男女平等比率が高い国に比べて出生率が低いのが現状です。そこで、「若者の選択肢を増やして自分らしく生きること」を目的に、プレコンセプションケア(受胎前の学び)として中高生の段階から日本の文化に合わせたライフデザインの学びあいを行い、自分らしく生きるための選択肢を増やす取組を始めています。

「岩見沢市にはいろいろなサポートがあるということを知ってもらい、安心して妊娠・出産・子育てができる環境を作り続けたい」と榎本さん。地域に定着する持続可能な取組を行うためには、研究成果を出すという目的を超え、地域市民を中心にした発想で大学・自治体・企業がいかに連携するか、がカギとなりそうです。


【岩見沢市の魅力】

豊かな自然と歴史に彩られた名所が盛りだくさんの岩見沢市。
その魅力の一端をご紹介。

自然

いわみざわ公園「バラ園」
北海道最大の広さを誇る約4haの園内には、750種、8,700株のバラやハマナスが植えられ、
毎年6月下旬から10月下旬頃まで色とりどりの花が市内外からの来訪者を癒しで包んでいます。

文化

ふるさと百餅(ひゃっぺい)まつり
五穀豊穣や長寿を祈念し毎年9月中旬に開催。世界一の大臼(直径2m)と約200㎏の杵を使い、
音頭に合わせて若者が一度に1俵の餅をつくダイナミックなお祭りです。

施設

市民交流施設「であえーる岩見沢」
一年を通し天候を気にせずにいつでも遊べる「あそびの広場」。
美しいもの、未知なものに目を見はる感性「センス・オブ・ワンダー」を育むことをテーマに、
幼児から小学生までが楽しめる全天候型のプレイグラウンドです。

農業

デジタル技術を活用した最先端農業
国内有数の食料生産地である岩見沢では、
自動走行トラクターの遠隔監視の社会実証をはじめ、IoTやAI、ビッグデータを駆使した
「スマート農業」をいち早く実装するなど、国内外から高く評価されています。

北海道岩見沢市
北海道の中央に広がる石狩平野に位置する岩見沢。水稲を中心とする農業を基幹産業に、鉄道や道内幹線道路を背景とした物流の結節点として発展。近年は、ICT環境を用いた地域DX「スマート・アグリシティ」プログラムを展開中。
〒068-8686
北海道岩見沢市鳩が丘1丁目1番1号
TEL:0126-23-4111(代表)


……………………………………………
「ミラメク」2023年夏号 記事

……………………………………………
読者アンケート: 「ミラメク」で取り上げてほしいテーマ(施策解説、話を聞きたい人物、魅力的な地域のプロジェクト)等、御意見・御要望をお寄せください。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!