【国立極地研究所】創立50周年のあゆみと極域研究の展望【極を究める。】
21世紀以降、気温上昇や氷床融解といった顕在化する気候変動リスクや、その原因として監視されている温室効果ガスの長期観測を行う研究の重要度は、社会的にも高まっています。地球環境変動を監視し、社会や政策判断に資する情報を供給していくことを目指しているのが、2023年9月に創立50周年を迎えた国立極地研究所です。
国立極地研究所は、南極と北極に観測基地を擁し、日本の極地科学研究と極地観測の中核拠点として、極地すなわち「南極・北極」に関する科学研究を全国の大学や研究機関の研究者とともに実施し、極域科学の推進に取り組んでいます。今回は、研究所の歴史や現在実施されている最新研究、極域研究の将来に向けたビジョンなどについてご紹介します。
日本の極地科学研究と極地観測の中核拠点として
国立極地研究所は、1973年9月に国立大学共同利用機関として設置され、「極地に関する科学の総合研究及び極地観測を行うこと」が設置目的として謳われています。全国の研究者に南極・北極における観測の基盤を提供するとともに、公募型共同研究の実施や、試資料・データの提供を通じ、極域科学コミュニティへの貢献を図っています。
南極地域観測と国際貢献
国立極地研究所は、日本の南極地域観測を企画・立案するとともに、モニタリング観測や研究観測を実施しています。また、南極地域にある昭和基地等の観測基地施設を保有し、維持管理・運営を行うほか、南極地域観測隊の編成準備、各種訓練、観測事業に必要な物資の調達、搬入計画の作成や観測で得られた資試料の管理、保管や広報活動などを行っています。
1956年に日本の南極地域観測は始まりました。世界の科学者コミュニティを代表する国際学術連合会議(当時)は、1957年7月から1958年12月の期間を国際地球観測年(IGY)と定め、地球物理学的な諸現象の解明のため、世界各国が協力して各地で観測する計画を決定しました。その観測計画の一環として南極地域における観測も計画され、我が国にも参加について勧告がなされました。
国内においては、日本学術会議の要望に沿って、文部省(当時)をはじめ関係機関の協力の下にこれを一体的に推進するため、南極地域観測統合推進本部(本部長:文部大臣(当時))の設置について閣議決定を行いました。これを受けて1956年11月に最初の観測隊を派遣し、1957年1月に昭和基地を開設しました。以来、我が国は1962年に国際地球観測年の終了などにより一時中断しましたが、1965年の再開以降、海上自衛隊の協力のもと、現在まで継続して南極地域観測を実施しています。
継続的な南極地域観測により、数々の科学的な成果が生みだされており、例えば、1970年代には世界に先駆けて南極隕石を大量発見し、宇宙科学や惑星科学に新たな知見をもたらしました。
1980年には、昭和基地での観測により世界で初めてオゾンホールを発見しました。この発見は、その後に、モントリオール議定書によるオゾン層破壊の原因物質であるフロンガスの規制に繋げるなど、社会的にも大きな影響を与えることとなりました。
1990年~2000年代にかけては南極の氷床の頂部の一つであるドームふじでアイスコア掘削を実施。これまで最深で3,035m深のアイスコアを掘削して、過去72万年間の地球規模の気候変動の復元を行い、気候変動のプロセス解明やそれを用いた将来予測の精緻化に大きな貢献を果たして来ています。
2010年代後半以降では、南極でも氷床流出の加速化が認められている地域での海洋観測を強化して、海の暖かい水が棚氷を下から融解させるプロセスなども明らかにしており、今後予想される氷床融解に伴う海水準上昇の将来予測などへの貢献も図っているところです。
北極域に関する研究開発
北極域においては、ノルウェー北部のスバールバル諸島にニーオルスン基地を保有する他、スカンジナビア北部、グリーンランド、アイスランド、カナダ、アラスカ等に研究観測拠点を設置し、大気、雪氷、陸域生態、超高層大気、オーロラ等の国際共同観測を実施しています。
北極域は現在、地球温暖化の影響が最も顕著に現れている地域です。海氷の急速な減少や氷床融解の加速など、北極域の自然環境の急激な変化は、北極域にとどまらず、地球全体の環境や生態系に大きな影響を与えることが科学的に指摘されており、将来への深刻な懸念が国際的に共有されています。しかし、北極域では「観測データの空白域」が大きく、北極域の科学的理解はいまだ十分ではないことが多くの機会に指摘されています。
文部科学省では2011年度~2015年度にGRENE事業北極気候変動プロジェクトを、その後2015年度~2019年度には北極域研究推進プロジェクト(ArCS: Arctic Challenge for Sustainability)、2020年度~2024年度(予定)には、北極域研究加速プロジェクト(ArCSⅡ)を実施しています。北極の急激な環境変化が我が国を含む人間社会に与える影響を評価し、科学的知見を国内外のステークホルダーに提供することなど北極域の課題解決に向け、国際的な連携のもと様々な研究に取り組んでいます。
また2021年度には第3回北極科学大臣会合(ASM3: 3rd Arctic Science Ministerial)をアジアで初となる東京で開催しました。北極における研究観測や主要な社会的課題への対応の推進、関係国間や北極圏国居住の先住民団体との科学協力の更なる促進に取り組みます。
極地氷床は気候環境変動の歴史アーカイブ
南極・北極域は、大気及び海洋の冷熱源として地球規模の気候に大きな影響を与えています。さらに地球規模の物質循環では、大気成分や大気中のエアロゾルなどの微量物質に関し、地球全体のバックグラウンド的な意味を持つ情報を取得できる場所でもあります。極域は人為起源物質の放出源から距離のあるエリアであり、そこで得られる観測情報から地球の変遷を知ることができるからです。こうした物質循環情報は、積雪層に保存・記録され、氷床コアの解析から過去の気候・環境の復元が可能となっています。復元の時間スケールは現状で過去約70万年規模に及び、今後さらに約100万年規模まで拡張を目指しています。
世界の極域科学の拠点として、次の50年に目指すもの
国立極地研究所が50年の歳月を費やして観測・研究してきた成果は、世界の極域科学に確かな足跡を記してきました。これらの成果を土台に、次の50年、どんな課題と向き合い、どんな解決策を探求していくのでしょうか?
その喫緊の課題のひとつが、地球規模で進む気候変動の観測や将来予測の精度をさらに高めることです。地球温暖化を越えて、地球沸騰化とも言われる現在、海面の水位上昇や異常気象の増大は、我々が直面する最大の懸念のひとつであり、その命運を握っているのは南北両極に存在する氷です。
たとえば南極には、地球の淡水の約7割を占める氷床が存在します。わけてもその大部分を占める東南極氷床の挙動は、人類の生存圏を脅かすほどの影響力を持っています。このエリアの継続的な観測を担う希少な拠点こそが昭和基地に他なりません。
一方、北極域では地球平均の3~4倍のスピードで温暖化が進行しています。北極域の海氷消失は、大気を通じて中緯度や地球全体にも影響を与えており、日本で観測される異常気象の一因だと考えられています。
このように、南極と北極の両極域は全球的な環境変動の影響を受け変動し、両極域で起きる環境変動は、大気・海洋循環等を通して全球的な環境変動にフィードバックします。重要な両極域の役割とその影響を明らかにすることで、今まさに変わりゆく地球環境をいち早く高精度に検知し、地球環境の将来予測をより確かなものにすることが期待されています。
日本の極域研究は、東西冷戦の最中に両陣営を含む世界60ヵ国以上が手を取り合った国際科学研究プロジェクト、IGY(国際地球観測年)を機にスタートしました。日本の極域科学をリードするのみならず、世界中の科学者のコラボレーションをリードする極域科学の拠点としての役割を果たしていく国立極地研究所とともに、文部科学省としても極域研究の振興に取り組んでまいります。
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「ミラメク」2024年冬号 記事
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