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教師の働きやすさと働きがいをどう両立させるか|持続可能な教育現場をつくるための環境整備

今年8月、中央教育審議会(以下、中教審)において、「「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(答申)」が取りまとめられ、教師を取り巻く環境整備のため、「働き方改革の更なる加速化」「学校の指導・運営体制の充実」「教師の処遇改善」を一体的・総合的に進める必要があるとの考え方が示されました。今後、文部科学省はこの提言に沿って施策の実現に向けた取組を進めることになります。
中教審の荒瀬会長と「質の高い教師の確保特別部会」の貞広部会長が答申に込めた思いを、文部科学省の藤原事務次官が今後の意気込みを語りました。

荒瀬克己 中央教育審議会 会長/貞広斎子 質の高い教師の確保特別部会 会長/藤原章夫 文部科学省 事務次官

目指す学校教育と教師のあり方

—— 答申を取りまとめたお二人に伺います。そもそもどのような学校教育の姿を目指して取り組まれたのでしょうか。

荒瀬:2021(令和3)年に中教審がまとめた答申に「一人一人の子供を主語にする学校教育」という言葉が出てきます。子供一人一人が将来にわたってさまざまな人と関わる中で自分の役割を担い、自分らしく生きていく。そのための基礎力を養う学校教育であってほしいと考えます。

貞広:その先に格差を生むのではなく、自分らしく生きていく方向性を見出せる、社会的公正に資する学校の姿を見据えていきたいと考えます。自己実現やウェルビーイングの在り方は必ずしも一つのモデルがあるわけではありませんよね。一人一人のあり様を認める学校と社会があることが必要です。

—— そのために必要な教師のあり方について、文部科学省としてはどのように考えますか。

藤原:子供たち一人一人の能力や個性を最大限に引き出し、そのクリエイティビティを伸ばす教育を実現するためには、教師自身の仕事がクリエイティブであることが必要です。そのための環境整備をしっかり実現していきます。自由な発想で可能性を限定せず、様々なことにチャレンジしていくことが、これからの時代の変化に対応していくために重要なことだと考えます。

荒瀬:まさにそのことを今回の答申でお示ししました。実現に向けた具体的な工程表も示されました。文部科学省の本気度も共有されていると思っています。文部科学省にはぜひ頑張っていただきたいです。

「働きやすさ」と「働きがい」の両立に向けて

—— では、答申の基本的な考え方、ポイントについて教えてください。

荒瀬:答申は重要な三つの柱で整理されています。

一つ目は「学校における働き方改革の更なる加速化」です。学校や教師の役割を見直すため、学校や先生、教育委員会も含めて議論していくことが必要です。

二つ目は、教職員定数の改善等によって「指導・運営体制の充実」を図っていくことです。とりわけ、若手の先生のサポートや、不登校など様々な課題をもった子供たちに対応できる教職員や支援スタッフの充実も必要です。

三つ目が「専門職にふさわしい処遇改善」です。教職調整額を大幅に引き上げることを提言しました。

これら三つを一体的に進めていくことが重要です。

現職の先生方と話すと、よりよい仕事をするためにもっと学びたいという気持ちを持ちながら、機会や時間がなく辛い思いをされている話をよく聞きます。先生たちの学びの時間を確保することも重要で、これら全てが子供たちの豊かな学びに還元されていくと思います。

貞広:子供たちに還元するために、先生たちの働き方改革と学びを充実させていくということですね。ゴールはあくまで子供たちへのよりよい教育の実現です。そのために、先生たちがいかに学びの時間を確保し、健康を維持して、働きやすく、働きがいをもてる環境を作るか。それが答申の趣旨です。

—— 議論をまとめるうえで重視したことはありますか。

貞広:地域や学校によって現場の状況は異なりますので、様々なチャンネルからできるだけ情報収集を行いました。まずは2022(令和4)年度の教員勤務実態調査を分析して課題を洗い出しました。また、議論に先立ち、36の関係団体から意見書をいただきました。教育委員会へのヒアリングも行いましたし、「審議のまとめ」について意見募集を実施して18,000件を超えるご意見もいただきました。部会には現場の先生方も含めもいろいろな立場の方がいるので、丁寧に意見を伺いながら議論しました。

部会内外に様々な考え方があり、すべてを解決できる万能薬があるわけではありません。一つ一つの手立ては、たったこれだけと見えるかもしれませんが、愚直に積み重ねて、総和として少しでもよくなる方向性を見据えて議論しました。

学校だけに任せない持続可能な形へ

—— それでは、答申の中身について具体的に伺います。学校における働き方改革はどのように進めていくのでしょうか。
 
貞広:大事なのは、教師が教師でなければできないことに注力できるよう、業務の見直しや人員配置の充実を図ることです。

学校は働き方改革を相当頑張ってくださっていますが、地域や保護者の納得や合意がないと難しい部分についてはなかなか進んでいません。ここについては学校任せにして矢面に立たせるのではなく、教育委員会等が主体的に丁寧な説明をしていただきたいと思っています。地域や保護者の方々も「今までは学校がやってくれていたのに」と思われるかもしれませんが、様々な担い手で分かち合い、学校だけに任せない持続可能な形を作っていただきたいと考えます。これまでは学校が一人で頑張ってきましたが、これからは全ての方々が当事者として進めていくイメージです。

荒瀬:積極的に参加、参画してくれる理解者、仲間が必要です。そのためには学校が状況を発信していく必要があります。それには工夫が必要ですが、子供たちの未来はこの国の未来ですから、そこに一緒に関わる人を増やしていきたいですね。
 
—— 教師の長時間勤務が問題視されています。公立学校の教師の給与について定めた「給特法※」を廃止しなければ、長時間勤務はなくならないのではという意見もありますが。
 
貞広:そのような意見があることは承知しています。貴重なご指摘であると考えます。この点については中教審でも議論しましたが、その際、もっとも重要視したのは、学びの専門職として裁量を尊重するということでした。諸々の評価はありますが、本来、給特法は、目の前の子供たちに臨機応変に対応する、という教師の職務の性質に照らし、教師の自律的な働き方、学びの専門職としての自主性や裁量を尊重するものです。もちろん、教師の健康を守ることは大前提で、給特法は、原則として時間外勤務を命じないこととしています。こうした趣旨の再確認と徹底は必須です。

※「給特法」とは?
「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」。
 教師の職務は自発性・創造性に期待する面が大きく、一般の公務員と同様な時間管理を行うことは必ずしも適当ではないとの考えの下、教師の職務と勤務態様の特殊性を踏まえて、時間外勤務手当及び休日給を支給せず、勤務時間の内外を包括的に評価した処遇として教職調整額(給料月額の4%)を支給する仕組みとして制定されました。
 給特法は、日々変化する目の前の子供たちに臨機応変に対応しなければならないという教師の職務の性質に照らし、逐一管理職の職務命令によるのではなく、教師の専門職としての自律性を尊重する働き方の仕組みです。
 給特法では、原則、時間外勤務を命じないこととし、臨時又は緊急のやむを得ない必要がある時には「超勤4項目」に限定して時間外勤務を命じることができるという仕組みになっており、教員の健康を守り、時間外勤務を抑制することを目的とした法制度になっています。

—— では、長時間勤務を削減するための具体的な方法は。
 
藤原:大きな課題と捉えています。大事なことの一つは当然ながら、マンパワーを充実させること。教職員定数や支援スタッフをしっかり増やしていきます。具体的には、令和7年度の概算要求で、小学校中学年への教科担任制の拡充、生徒指導担当教師の全中学校への配置などの教職員定数の改善や、支援スタッフの充実に必要な予算を要求しています。

二つ目は、先生方を過剰なクレームから守ること。在校等時間を減らす視点はもちろん、先生がやりがいをもてる環境をつくる視点でも重要です。令和7年度概算要求では、行政による学校問題解決のための支援体制の構築に必要な予算を要求しています。

三つ目は、地域住民・保護者との連携・協働も含め、学校の業務を積極的に見直すとともに、DXをさらに進めていくことです。GIGAスクールも定着しつつありますが、校務DX環境の全国的な整備に向けて予算を要求しています。

こうした業務改善には校長先生の役割もたいへん重要で、御自身の学校の置かれている状況の中で、どの業務を残して、どの業務をやめるか、しっかりと判断していただきたいと思います。今回の答申で「在校等時間の見える化」が組み込まれました。これをひとつの目安にし、各教育委員会や学校長がリーダーシップを発揮し、定量的な目標を設定して業務改善を進めていただきたいと思います。

多様な人材が支える、持続可能な指導体制

—— 学校の指導体制や運営体制はどう変わるのですか。
 
貞広:まず、教職員定数の改善と支援スタッフの充実、この両方が必要です。小学校の教科担任制の推進については、高学年に加え中学年についても推進することを提言しました。若手教師は心理的負担や授業準備の負担が大きいですから、そうした先生へのサポートも必要です。

このほか、学校内外の連携や調整を行う「新たな職」を創設することや、生徒指導担当教師を全中学校へ配置することも新しい重要な取組です。先生方の心理的・物理的な余裕を確保し、質の高い学びを子供たちに還元するために、こうしたリソースの充実が欠かせません。

藤原:スクールカウンセラーなど支援スタッフの配置の充実も重要です。私は1995(平成7)年にスクールカウンセラーを初めて導入した時の担当課長補佐をしていました。その時に思っていたことは、日本の教育現場には教師以外の専門家が少なすぎるということです。イギリスなどでは教師とその他のスタッフが1対1で構成されています。日本でも改善していく必要があるというのが当時の発想でした。

荒瀬:私のいた学校では、当初はスクールカウンセラーの仕事についても、学校との関係についても、互いに模索していました。初めてのことは簡単にはいきません。そういう時期を経て、子供たちの生活をどう一緒に守り支えていくのかを学び合ってきたからこそ、今では「毎日来てほしい」「複数にしてほしい」という声が大きくなっています。

藤原:そうですね。多様性を持つ教職員集団をつくっていく観点も大切です。小学校の英語教育や情報教育など全てを先生一人でやることは非常にたいへんです。先生それぞれの強みを出し合って、学校教育をトータルで強くしていく視点がもっとあってよいと思います。専門的な知見を持つ方に教員免許を授与して授業を担当してもらう特別免許状の制度もありますが、まだまだ十分に活用されているとは言い難い状況です。免許制度自体も、専門性、個性、特性をもった教師の養成のあり方を考えていく中で、検討していく必要があると思います。   

教師の頑張りと専門性に応える処遇を

—— では、教師の処遇はどのように改善されるのでしょうか。
 
貞広:先生方の頑張りと専門性にふさわしい処遇改善の実現をするよう提言しています。教職調整額を少なくとも10%以上に引き上げていただきたいとお示ししました。また、学校のマネジメント機能を強化するための方策として、新たな職・級を創設するとともに、特に学級担任や管理職の方はご負担が大きいので、その手当を引き上げることなども提言いたしました。あとは文科省に頑張っていただかねばなりません。どこまで達成できるか、先生方も注視しているはずです。

藤原:中教審からも工程表がでましたが、政府の閣議決定した骨太の方針でも今年度から3カ年を『集中改革期間』としています。そのなかで三つの大きな柱「働き方改革」「指導・運営体制の充実」「処遇改善」これらをセットでしっかりと進め、魅力ある教職員の勤務環境の実現に向けて取組んでいきたいと考えております。処遇改善については、令和7年度の概算要求において、答申での御提言を踏まえ、教職調整額の引き上げ、そして学級担任への手当の加算や管理職手当の充実について盛り込んでいます。

令和7年度概算要求:「令和の⽇本型学校教育」の実現に向けた教育環境整備 (義務教育費国庫負担⾦)

また、答申を受け、文部科学大臣を本部長とする「教師を取り巻く環境整備 推進本部」を新たに設置し、「総合推進パッケージ」を取りまとめました。令和7年度概算要求においても、これまで述べてきたような施策に係る経費を要求していますが、予算上・制度上の措置を含む施策を着実に実行し、パッケージの実現に努めてまいります。

教師を取り巻く環境整備 推進本部パッケージ

魅力ある教師像の確立に向けて

—— 最後に、先生たちに向けてメッセージをお願いします。
 
荒瀬:今回の答申にあたっては委員のそれぞれが、「本気で取り組もう」という思いで議論してきました。これからも「教師の仕事とは何か」「学校はどのような役割を担う必要があるのか」と問い続けていく必要があります。簡単ではありませんが、それぞれが本気で取り組めば、必ずよりよいものにしていけると信じています。まず何より、先生方がきちんと休みをとれることを重視する社会になることを願います。先生が健康に、毎日活き活きと子供たちと向き合っていただくことで、豊かな学びを創出する学校になります。

貞広:35人もの子供たちに朝から夕方まで対応していらっしゃる小学校の先生は「魔法使い」だと思っています。過剰なクレーム対応などの仕事も少なからずある中で、心折れる時もあると思います。ですが、多くの日本人が、先生方をリスペクトし支えたいと思っていることを先生方には改めてお伝えしたいですし、そうした社会であって欲しいと切に願っております。本来、学校は、日々成長する子供たちの活気にあふれた素晴らしい職場なのです。実行可能な改革を不断に積み重ね、より健康的で、働きがいのある、働きやすい職場にして、みんなで子供たちに還元していければと思います。

藤原:日本の戦後の発展を支えたのは教育であることは間違いありません。先生方の懸命なご努力があったからこそです。その努力を支える基盤が今、揺らいでいます。G7や先進国でも優れた教師の確保はたいへん大きな政策課題となっています。日本としてもあらためて、その在り方を考える必要があります。先生たちがやりがいをもってクリエイティブな環境で仕事ができる魅力ある教師像の確立に向けて取組んでいきます。社会から教師がリスペクトされる存在である、そうした姿を目指して施策を進めていきます。


 

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